齋藤飛鳥の性格が変わった原因は?10代でオトナの階段昇った理由
齋藤飛鳥さんの性格って良いのでしょうか?
それとも悪い?
どっちなんでしょう。
性格が変わったと言われることが増えたようですが、その理由が気になりますよね?
そこで、雑記ブロガーのウアリンが齋藤飛鳥さんの性格の変化にクローズアップ!
調査の結果、10代でオトナの階段を昇った軌跡を発見しました。
この記事を読めば、齋藤飛鳥さんの性格の変化が理解できるようになります。
デビューの頃からどのような変化・成長を遂げたのか?
詳しく見てみましょう。
齋藤飛鳥の性格が変わった原因は?10代でオトナの階段昇った理由
齋藤飛鳥さんは性格が変わったと言われるようになりました。
デビュー当時は、12歳。
中学一年生で乃木坂46の1期生中、最年少メンバーだったことはご存知の方が多いでしょう。
当時はまだまだ子供っぽい面もあったのか、感情の起伏が激しかったのです。
今のクールでビューティーなイメージからは、想像ができないかもしれませんね。
乃木坂46初期メンバーになってから、10代前半で、オトナの階段を昇った齋藤飛鳥さん。
環境が変わると人間は大きく変わるということを、身をもって証明していくことになります。
どのように性格が変わっていったのか、見ていきましょう。
齋藤飛鳥のデビュー当時はイジメでネガティブな性格だった
小学生時代(2010年)に、齋藤飛鳥さんは子役でデビュー(子役恋物語)していました。
何もアピールできる事もないし、すごく消極的ですが、よろしくお願いします!!!
アピールできることが無い。
すごく消極的
自分自身に自信が無いことが伝わって来そうな自己紹介文ですよね?
子役とはいえ女優なのに、どうしてこんなにもネガティブなんでしょうか?
その理由は当時、学校内でイジメに遭って、一時期登校拒否になったこともあったんです。
見かねた母親の勧めで、乃木坂オーディションを受けて合格し、1期生最年少メンバーとしての人生がスタートしました。
ここから齋藤飛鳥さんの第二の人生が始まります。
齋藤飛鳥の乃木坂初期は感情の起伏が激しい性格だった?
2011年8月21日に誕生した乃木坂46。
当時は、まだ世間からさほど注目を集める存在ではなく、AKB48グループと間違われることも多かった日陰の存在でした。
グループの方向性が定まっておらず、試行錯誤を繰り返す日々。
「コンセプトが無いことがコンセプト」とされた乃木坂の黎明期を知る人は、まだほとんどいなかったんですね。
これがまだ幼かった齋藤飛鳥さんにとっては、プラスに作用したのです。
なんでも雑誌やテレビに出ただけで、すごくはしゃいでいたんだとか。
普通の中一では経験できない世界に入ったこともありますが、世界が一変したような気持を何度も味わったことでしょう。
選抜に入れなかったときは、悔しくて大泣きしたこともあったそうです。
それがいつしか、感情の起伏をコントロール出来て、スッカリ大人の女性に。
どうして、精神的に成長することが出来たのか?
それまで性格が悪いと言われた理由は何だったのか?
その理由について見てみましょう!
齋藤飛鳥の性格が悪すぎと言われた理由は?
精神的に成長して、感情の起伏を抑えるようになった。
周囲にも目を向ける気持ちのゆとりが芽生えてからは、齋藤飛鳥さんも他のメンバーたちと上手にコミュニケーションを取るようになっていきました。
それでも、口下手で他人と会話するのがあまり好きじゃない地味な性格。
リアクションが上手に取れず、言葉のキャッチボールが苦手なため、周囲に気を使わせてしまうことも多かったとか。
それが誤解を生んで、性格が悪いだとか悪すぎだなんて言われた時代もあったのです。
次はマイペースで周囲に合わせることを知らなかった頃の、齋藤飛鳥さんの言動を振り返ってみましょう。
LINEグループでの会話が流出
2013年11月当時、複数のLINEグループでの会話をしていた齋藤飛鳥さん。
俳優で大学生だった高橋健介さんとの会話が、スクリーンショット画像として流出することに。
バラエティ番組「Rの法則」で共演していたことから、交際しているのでは?
そんな疑惑が広まってしまったのです。
さらに、高橋健介さんの通う大学の文化祭に行ったことも発覚。
齋藤飛鳥さんはこともあろうに、罪するのではなく、開き直るようなメッセージを発信してしまったんですね。
ういんく
しました けど…
なにか?
このメッセージを良く見てみますと、「う」の文字が「ラ」に見えます。
また、「く」の文字がアルファベットの「L」にも見えます。
ういんくしましたけどなにか?→ラインしましたけど何か問題でも?
こんな風にファンを挑発するかのような、意味深すぎるメッセージを配信。
さすがにファンたちも、アイドルらしからぬ齋藤飛鳥さんの、この大胆不敵な行動を見て「性格悪すぎ」だと感じてしまうのも無理もありません。
当時、15歳という若さもありますが、まさに恐れ知らずといったところでしょうか?
とはいえ、このピンチをチャンスに変えたのが、齋藤飛鳥さんという稀代のアイドルの持ち味とする見方もできるんです。
毒舌キャラ化で存在感をアピール
ドSキャラでサバサバ系女子を気取りたくなったのでしょうか。
2014年のクリスマスライブトークコーナーで毒舌を披露!
「どうせお前らクリスマス過ごす相手いねえだろ!!」
…いったいどうしてこうなった?
選抜漏れしたアンダーメンバーに居る、自分自身の待遇に不満を覚えていたのでしょうか?
かわいらしい顔からは全く想像がつかない毒舌に、会場のファンたちは逆に大盛り上がり!
一見、相手をけなすようなドS発言ですが、これって的を射ているんですよ!
実際問題クリスマスに一緒に過ごす相手がいるのなら、クリスマスライブ会場にいるわけもありませんから。
下手に気遣うよりも、ズバッと本音で語ってくれたことが逆に良かったのか、ファンのハートをガッチリつかむことに成功したんですね。
以後、ドS発言が注目を集めることに。
当時の齋藤飛鳥さんは16歳。
まだまだ大人の階段を昇っている真っ最中だったんです。
握手会での塩対応の逆張りで好感度上昇?
さらに、握手会会場での齋藤飛鳥さんの対応についても注目してみましょう。
ここでファンを獲得する絶好の機会ととらえるメンバーもいます。
可能な限り参加したファンのリクエストを受け付けて、人気メンバー入りした秋元真夏さんのような賢い方もいるのですが…。
齋藤飛鳥さんの場合、ファンからのお願いを断るケースが多いんですよ!
好きって言って→ヤダ!
ウインクして→しません!
これはまさしく塩対応。
少しでも自分を可愛く見せたり、良い印象を与えたい絶好のチャンスの握手会で、この塩対応なんです。
性格悪すぎだろとストレートに解釈する人もいるのでしょうが、逆に飾らない性格だとアピールすることに成功されているんですよね。
この逆張りともいえる、アイドルらしからぬ塩対応を見てリクエストをされた方には…。
塩対応して→ヤダよー、キモいからー!
といった具合。
ドМのファンならよだれを垂らして喜びそうな気がしてきますね。
さて毒舌ドSキャラとして、徐々に頭角を現しつつあった齋藤飛鳥さんですが、この記事の本質でもある「性格が変わったキッカケ」を見てみましょう。
齋藤飛鳥の性格が優しい(良い)に変わったキッカケは?
センターを経験したことで責任感が芽生えた?
世間から認知された。
一言で申し上げるなら、これが齋藤飛鳥さんの性格が変わった理由となります。
デビューから数年間は、完全にAKB48グループの後釜扱い。
乃木坂46の知名度が上昇して、一般にも知られるようになるまでは日陰の存在だったんです。
生駒里奈さんが連続センターを務めていた頃の「走れ!Bicycle」。
2012年8月22日発売の3rdシングルですが、カップリング曲で齋藤飛鳥さんが初センターを体験。
センターを経験することで、責任感が芽生えたのでしょう。
与えられた大役を果たそうとポジティブな性格になった、と言われています。
この成功体験が作用したのか、2015年1月10日発売「CUTiE」で単独表紙モデルに抜擢、のちに同紙の専属モデルにもなりました。
成功体験が性格の変化へとつながった?
ファッション雑誌の表紙を飾る。
これがキッカケになって一般層、特に女性たちからの人気を獲得していった結果、齋藤飛鳥さんの人気知名度が急上昇!
2016年6月6日には、乃木坂46の15thシングル「裸足でSummer」で初のシングル表題曲のセンターに。
さらに、2017年1月25日には齋藤飛鳥さん初の写真集「潮騒」が発売。
まさに、乃木坂46の顔として齋藤飛鳥の名前が知れ渡ることになりました。
振り返ってみますと、10代後半からの齋藤飛鳥さんの活動内容は、地味から派手に一変したと言っても過言ではありませんね。
齋藤飛鳥の周りは年上ばかり!尊敬の対象が成長へとつながった?
乃木坂46の1期生たちについても目を向けてみましょう。
齋藤飛鳥さんからすれば、周りのメンバーたちは年上のお姉さんばかり。
中でも、橋本奈々未さんや白石麻衣さんを尊敬の対象にしているんだとか。
橋本奈々未=チームをまとめる能力や、考え方・冷静な判断力
白石麻衣=ストイック(禁欲的)で明るい・綺麗
同年代ばかりで過ごしていたら、精神的に成長する機会はなかなか訪れません。
中一からアイドルグループに所属して揉まれたことが、齋藤飛鳥さんの精神の成長に作用したのは疑いの余地がありません。
尊敬するオトナの女性。
あこがれの対象と共に過ごした時間こそが、齋藤飛鳥さんの性格が変わった一番の理由なのかもしれませんね。
まとめ
以上、齋藤飛鳥さんの性格の変化についてご紹介しました。
デビュー当時は12歳の中学一年生。
感情の起伏が激しかったころは、ストレートな言動が目立つ問題児だった齋藤飛鳥さん。
その後、センターを務めたことや、雑誌の専属モデル化、写真集の発売など成功体験を積み重ねて来ました。
この経験や、身近に尊敬できるメンバーたちと過ごせた環境があったこと。
これが齋藤飛鳥さんの精神の成長を促して、性格の変化へとつながったんですね。
だからこそ、性格悪すぎだと言われた頃から、評価は180度変わってしまいました。
性格が良いだとか、性格が優しいだとか、性格が変わったことが伺えるようです。
ファンにとっては、齋藤飛鳥さんの成長っぷりを喜んでいらっしゃるようです。
幼かった頃から見守り続け、オトナの階段を昇って美しく成長した姿。
涙なしには語れませんね!
そんな齋藤飛鳥さんの今後のご活躍、心から応援したいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。